ヒーローはそこかしこにいる。(Photo: Unsplash)
先日、地下鉄の車内で、青い「Please Offer Me a Seat」バッジをつけた女性を見かけました。
なにかしらの理由で席を譲ってほしいんだろうなということはわかるのですが、もう少しどういったバッジなのかを知りたいと思い、調べているうちにイギリスで暮らした年月の中で私が受け取ってきた、数えきれない親切のことを思い出していきました。

すべての記憶の始まりとなった、青い「Please Offer Me a Seat」バッジ。(Photo: Transport for London)
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◆目次
⬇️ 1.今年で20周年の「Baby on board」と「マタニティマーク」
⬇️ 3. 優しさにふれる頻度
⬇️ 5. 次の誰かへ
***
▼1. 今年で20周年の「Baby on board」と「マタニティマーク」
「Please Offer Me a Seat」の青いバッジは、外見からはわからない様々な事情を抱える人のためのもので、2016年のトライアルを経て、2017年4月にロンドン交通局(TfL)によって正式に導入されました。
「Baby on Board」バッジの姉妹版とも言える存在です。
「Baby on Board」は、妊娠中であることを周囲に知らせ、配慮や手助けを受けやすくするためのマークです。
日本にも妊娠した女性がつける「マタニティマーク」がありますよね。
実は驚くことに、ロンドン地下鉄の「Baby on Board」バッジが始まった2006年、日本でも厚生労働省によって「マタニティマーク」が公表され、全国で本格的に導入されました。
国境を越えて、まったく同じ年に、同じ目的のツールが誕生していました。
誰かがアイデアを真似したわけでも、日英で打ち合わせをしたわけでもないのに、同じ課題に直面したふたつの都市が、それぞれの場所で独自に同じ解決策にたどり着いた偶然の一致でした。
なぜ、そんな現象が起きたのでしょう。
理由はシンプルなものでした。
ひとつは、2000年代前半の東京とロンドン、どちらの通勤ラッシュも「お腹がまだ目立たない妊娠初期のつらさ」という、目に見えないリスクを抱えていたこと。
そしてもうひとつは、満員電車の中で乗客が自分の世界に入り込みがちな大都市において、「言葉に出さなくても、視覚的一発で伝わるマーク」がどうしても必要だったこと。
それぞれの国で、以前から草の根の民間活動として「お腹に赤ちゃんがいます」という意思表示のアイデアの種は蒔かれていました。
それが熟した2006年、両国の社会が「今こそこれが必要だ」と同時に手を伸ばしたのが理由のようです。
そして、「Baby on Board」バッジが誕生して、今年でちょうど20年。
20周年を記念して、双子や三つ子など複数妊娠向けの『Babies on Board』バッジも新たに導入されました。
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▼2. 日本とイギリスの仕組みの違い
日本のマタニティマークは、厚生労働省(国)が2006年にデザインを発表し、「国を挙げて、全国共通でこれを使いましょう!」と呼びかけました。
そのため、東京の地下鉄でも、大阪の私鉄でも、地方の路線バスでも、どこに行ってもまったく同じ「ピンクのハートの中に赤ちゃんとお母さん」のデザインが通用します。
役所や病院に行けば、日本全国どこでも同じマークのキーホルダーがもらえます。
ここには、「国全体で一丸となって妊婦さんを守ろう」という、優しさのシステム化という日本の大きな強みがあります。
対してイギリスの「Baby on Board」は、混雑が激しいロンドン交通局(TfL)が独自に導入したローカルな仕組みです。
全国統一のマークがある日本とは異なり、あくまでロンドンの公共交通網の中で機能するものです。
ロンドンの地下鉄(Tube)は、歴史が古いぶん車内が狭く、信じられないほど混雑します。
しかも、みんなスマホを見たり新聞を読んだりして、周囲に目が向きにくい。
そんな環境だからこそ、親切心を持つ人の背中を押す「視覚的なひと言」が必要とされた——「Baby on Board」バッジは、超過密都市ロンドンならではのローカルなツールとして生まれました。
では、ロンドン以外の街では、どうしているのでしょう。
イギリス全土ではないものの、それぞれの交通機関で似たような独自のバッジやカードを発行するところもあります。
基本的には、公式なバッジ制度が確立されているのはロンドン中心ですが、一歩ロンドン郊外や地方都市に出ると、そもそも電車がそこまで混雑していません。
そして何より、イギリスの人たちはバッジという「目印」がなくても、お腹が大きい妊婦さんや、ベビーカーを持った人、体調の悪そうな人を街中で見かけると、ごく自然に、義務感ではなくカジュアルに席や道を譲ってくれる印象です。

実際に私が付けていた「Baby on board」のバッジ。記念です。
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▼3. 優しさにふれる頻度
「Baby on Board」バッジは、親切のきっかけを作るツールです。
でも、イギリスで暮らしていると、バッジの有無とは関係なく、親切は日常のあちこちに転がっているものだと気付かされます。
たとえば、お店の入り口などで、後ろに続く私のためにドアを開けて待っていてくれた経験は数知れず。
狭い階段では、自分が下りるまたは上り終わるまで、その場で待っていてくれた事も多々ありました。
駅の階段でスーツケースをかかえて上ろうとした時に、持ってくれた方もいました。
(とはいえ、そのスーツケースはほぼ空の状態だったんですけどね(笑)。)
スマホがない時代に、湖水地方へ遊びに行き地図を見ていたら、「迷ったの?」とわらわらと人が出てきて助けてくれたこともありました。
私が道端で転んだ時は、通りすがりの男性が近くのレストランから椅子を持ってきてくれ、座るように促してくれました。
また、当時3歳の子どもとTubeに乗った時のこと、座席に座っていた10歳ぐらいの女の子にお父さんが「その子に席を譲ってあげなさい」と言って譲ってくれました。
断ったのですが、その女の子も「どうぞ」と言って笑顔で席を譲ってくれました。
書き出したらキリがないほどの親切を経験してきました。
こんなこともありました。
ある時、Tubeに乗っていると、「Baby on Board」バッジをつけた妊婦さんが乗ってきました。乗るなり「妊娠中なんですが、どなたか席を譲っていただけますか?」と声をあげたのです。
すると、車内の数人がほぼ同時にスッと立ち上がりました。
それは、まるでアベンジャーズの召集でした。
私もその中の一員として参加。
出入り口に一番近かったこともあり、見事、私の席が選ばれました。(選ばれてちょっと嬉しい)
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▼4. 学ぶべき人から学べばいい
もちろん、世の中は良い人ばかりではありません。
冒頭で触れた「Please Offer Me a Seat」バッジは、外見からはわからない様々な事情を抱える人のためのものなのですが、これを付けた女性が「若くて健康そうなのにずるい」と他の乗客からバッシングや脅迫を受けたという、悲しいニュース(BBC News)もありました。
本当にひどい話です。
私自身も妊娠中、通勤時に毎回席を譲ってもらったわけでもないし、BBCニュースで報じられた女性のような大きなトラブルはなかったけれど、長く暮らしていると人の悪意に触れることももちろんあります。
すれ違い様に嫌なことを〈わざわざ日本語で!〉言われたこともありました。(その人の日本語が拙すぎて、何を言っているのか理解するのに数分かかりました。おかげさまで、時差ぼけならぬ「時差ムカつき」でした。)
クレジットカードを盗まれたり、現金を盗まれたり、携帯電話を盗まれたり、などなど… 色々ありました。
ただ、それ以上にたくさんの親切をもらったのは確かです。
人の悪意に傷ついた時、私がいつも思い出すのは、あの女の子の笑顔です。
席を譲るように言ったお父さんも、素直に「どうぞ」と言った女の子も、誰かに強制されたわけではない。
ただ、目の前に必要としている人がいたから、自然に動いた。
親切は、完璧な社会でなくても生まれます。
むしろ、そうでないからこそ、誰かの小さな行動が際立って見える。
私がイギリスで学んだのは、「親切な人を探す」のではなく、「親切な瞬間から学ぶ」ということかもしれません。
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▼5. 次の誰かへ
ここで暮らしていると、本当に多くの親切に触れることがあります。
その人たちは私から親切のお返しを望んだでしょうか。
答えは、おそらく「NO」です。
では、私はどうしたらいいのでしょう。
「受け取った親切を、次の誰かへ渡していけばいい。」
それだけなのかもしれません。
イギリスでたくさんの親切を受け取ったからこそ、今度は次の誰かへパスする番。
そうやって優しさを循環(ペイフォワード)させていくことで、ギスギスしがちな世界をちょっとだけ温かくする、自分にできる確実な一歩だと思うのです。
***
🌐 参考サイト
🔗 Baby on board badge (バッジのオーダーサイト:ロンドン交通局(TfL))
🔗 Baby on board badge 20周年 (ロンドン交通局(TfL))
🔗 Please offer me a seat (バッジのオーダーサイト:ロンドン交通局(TfL))
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掲載日:2026年6月11日


